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トプカプ宮殿とハレム(ハーレム) | イスタンブールで絶対外せない観光スポット

公開日 2021年11月8日 最終更新日 2023年9月8日

概要

1453年にオスマン帝国皇帝メフメト二世は、陥落不可能とされていたコンスタンティノープルを陥落させ、長きにわたるローマ帝国の歴史にピリオドを打ちました。皇帝の居城となるトプカプ宮殿が建てられたのは、7年後の1460年のことです。以降、1856年にドルマバフチェ宮殿に居城を移すまで、約400年にわたって歴代の皇帝の居城でした。その間、増築や改築を重ね続けたものの、美しく効率よく動けるように整備されています。トプカプ宮殿を、どこよりも詳しくご紹介します。

トプカプ宮殿の歴史

コンスタンティノープルを征服した皇帝メフメト二世が最初に建てた宮殿は、現在のベヤズット地区にありました。ちょうど、イスタンブール大学がある場所です。

イスタンブール大学/イスタンブール

1460年~1478年にかけて、メフメト二世は新宮殿の建築に着手しますが、最初に建てたのは宮殿ではなく、キオスク(Köşk:あずまや)でした。このキオスクは現在、装飾タイル博物館として利用されています。新宮殿は1478年頃に完成しますが、ハレムのみ旧宮殿に残されました

装飾タイル博物館/イスタンブール

トプカプの名前の由来は、第22代皇帝マフムト一世によって名付けられたとされ、城壁と礼砲の近くにあったトプカプ海岸宮殿(Topkapusu Sahil Sarayı)が火災で焼失した時から呼ばれるようになりました。トプカプ宮殿は各皇帝によって増築と改築を重ねられましたが、1850年初頭、式典開催等に支障をきたすといった理由で、ボスポラス海峡沿いにある、ドルマバフチェ宮殿に移されることになります。

ドルマバフチェ宮殿/イスタンブール

1922年、第一次世界大戦とトルコ・ギリシャ戦争を経て、帝王制は廃止されることになります。オスマン王家は事実上の国外追放となり、共和国制へと移行します。1924年4月3日、建国の父ケマル・アタテュルクによって、トプカプ宮殿とドルマバフチェ宮殿は博物館として一般開放されることになりました。

4つの中庭とハレム
第1の中庭
第2〜第4の中庭

宮殿に従事する人々は、外廷(ビールン)と内廷(エンデルン)2つの組織のいずれかに従事していました。東京ドーム15個分に相当する70万㎢の敷地内には、国政用の建物、皇帝の住まいとなる宮殿、使用人の住まい等があり、中庭の中にそれらの建物を配置しています。さらに、これらの中庭は4つのセクションに門で区切られています。

皇帝の門/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝の門から見て、最初の中庭は公共のスペース、次の中庭は政治的なスペース(外廷)、三番目の中庭は皇帝の私的なスペース(内廷)、四番目は皇帝のための庭園とハレムエリアです。各中庭ごとに詳しく見ていきます。

第一の中庭(公共エリア)
第1の中庭/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝の門をくぐって最初の中庭は宮殿内で唯一、一般市民が入ることが許されたエリアです。一番広い庭であったことから、毎週金曜日の閲兵式などの式典にも利用されていました。

水位調整施設/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝の門を背後にして立ち、右側にエンデルン病院、衛兵詰め所、パン屋、研究所、水道関連施設がありました。

アヤイレネ聖堂/トプカプ宮殿・イスタンブール

左側には、第一の中庭で最古の建物であるアヤイレネ聖堂やレストランなどがあります。市民らが意見を上申できる場所として、デアヴィ・カスル(Deavi Kasrı)とよばれる”あずまや”があったようですが、今はその形跡のみ残されています。
第一の庭は入場無料ですが、アヤイレネ聖堂は別途入場料が必要です。ユスティニアヌスとテオドラの物語にご興味がある方はぜひご覧ください。二人の物語について詳しくお知りになりたい方は、北川景子さんの『悠久の都 トルコ イスタンブール~二人の皇后 愛の奇蹟を辿る』にて詳しく解説されていますので、ぜひご覧ください。

第二庭園(外廷エリア)
送迎の門/トプカプ宮殿・イスタンブール

第二の庭から先は、有料にて見学となります。”送迎の門”の右手にあるブースでチケットを購入します。送迎の門をくぐって右手には、オーディオガイドのレンタルブースがあります。広い宮殿は、ガイドがないとまわる順番や説明がわかりづらくなっています。オーディオガイドと一緒にカラーマップも配布されるので、ツアーガイドがいない場合は事前に入手しておくことを強くおすすめします。

イエニチェリ/軍事博物館・イスタンブール

第二の庭は「行政の広場」で、皇帝や大宰相や高官たちが集まる政治的施設と、宮殿内の食を賄う大きなキッチン、財務省があります。即位式や祝祭といった国が主催する行事・式典はこの広場で行われていました。3か月に一度、この庭でイエニチェリ(オスマン帝国軍)の給与支払いも行われていたそうです。給与支払い時には、豪華な食事とスープが振舞われていました。もし兵たちが手を付けなかった場合、それは国に対する不満の現れで、うまくいっていないことを示したそうです。各国の大使はこの先にある謁見の間に通され、中庭に集って祝うイエニチェリの様子を目の当たりにして、オスマン帝国の軍事力を見せつけられる、という仕組みです。

正義の塔(御前会議の場)
正義の塔/トプカプ宮殿・イスタンブール

正義の塔は、イスタンブールのあらゆる場所から見ることができました。この塔には3つの役割があります。1つは、オスマン王家の威厳を示すためのもの。2つめは、この場で行われる国政会議の正義と公正さを示すもの、3つめは、街中で起きる暴動や異変を監視する役割がありました。

正義の塔
正義の塔内部

塔内部では、大宰相を中心とした高官(Paşa:パシャ)らが御前会議を行っていました。皇帝は直接その場には参加せず、上階にある格子状の窓から覗き見ていたのだそうです。皇帝は、ハレムからこの格子窓がある部屋までこっそりと来ることができましたが、高官たちはそれを知っていたため、御前会議は緊張感を持って行われたようです。御前会議は、週4回のペースで行われ、重要な事項については議事録に記されました。『夢の雫、黄金の鳥籠』でも、皇帝がヒュッレムを連れてこっそりやってきていた、あの場所ですね。

財務省(武器博物館)
武器博物館/トプカプ宮殿・イスタンブール

「正義の塔」の隣にある建物は、オスマン帝国のお金や貴重品類を保管する財務省です。聖地メッカへの奉納金や、皇帝即位に伴う民への祝い金、イエニチェリへの給与支払いもこの財務省が担っていました。現在は、世界有数の武器博物館となっています。

宮殿のキッチン
キッチン/トプカプ宮殿・イスタンブール

石畳の長い通路、煙突のあるドームが特徴的な建物はキッチンです。宮殿内に働く数千人分もの人々の食事を賄っていました。1451年から1481年の間に建てられ、皇帝スレイマンによって増築されたましたが、1574年に火災にあい、建築士ミマール・シナンによって再建されました。10の煙突付きのドームがあり、インペリアルキッチン、ロイヤルキッチン、製菓ハウスの3つにわかれています。製菓ハウスだけでも、6人のシェフと100人の見習いがいたというから、その規模には驚かされます。

キッチン/トプカプ宮殿・イスタンブール

スルタンへの食事は、常時60種類以上が用意されていました。毒見はまず料理人が自ら行い、次に内廷の味見係が行ったとされますが、すべての料理について行っていたわけではないようです。現在は陶器博物館となっていて、日本から贈られた陶磁器も展示されています。最近リニューアルされて、厳選された所蔵品を展示するようになり、宮殿内で使われたカトラリーも展示されています。

ズリュフリュ警備隊の詰所

ズリュフリュ警備隊は、トルコ語で「毛の番人」の意味があり、長い毛のついた頭飾りと長い襟の制服であったことからこの名前がついとされます。宮廷内の警備の他に、戦の際には進軍が容易にできるよう道を開拓することや、コーランを唱和するなどの役目があったとされます。『オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~』でもあちらこちらに登場し、何かと活躍しています。

ズリュフリュ警備隊/トプカプ宮殿・イスタンブール

建物は15世紀頃に建てられたもので、中には警備隊用のモスクを備えていました。2階建てになっていて、ベテラン兵は上階、新人は下階に寝泊まりしていたそうです。第二の中庭にはこの他にも、スルタンの馬小屋、モスクとハマム、記念碑があります。

第三の中庭(内廷エリア)

第三の中庭はエンデルン(内廷)で、皇帝のプライベートなエリアです。白人宦官が皇帝のお世話をしていました。現在は、皇帝の戦利品や、各国大使から贈られた宝物品やコレクションの数々が展示されています。門を入ったら、時計と反対周りに見て回るのが効率的です。宝物類はすべて撮影禁止のため、残念ながら画像はありませんが、”トルコの至宝”として日本でも展示されたことがある、エメラルドなどの絢爛豪華な宝石類は必見です。

幸福の門
幸福の門
幸福の門

幸福の門は当初、皇帝メフメト二世によって造られた4本柱の門でした。その後、1774年に皇帝マフムト一世によって改築され現在の門となります。門の上の碑文には、『慈悲深く、思いやりのある、神よ』と記載されています。装飾された門の扉は2ヶ所あり、左扉は宦官長の部屋へ、右扉は宦官の宿舎へとつながっていました。宦官たちは一日中忙しかったため、扉は閉じられず一日中開いていました。幸福の門は、スルタンの私的エリアへ入るための大切な門で、即位直後の式典は、この幸福の門の下で行われていたようです。このあたりも、ドラマの第一話内で再現されていました。

謁見の間
謁見の間
謁見の間

幸福の門にすぐ隣接しているのが、謁見の間です。現在は宮殿内で使われていた絨毯が展示されています。謁見の間は皇帝が、各国からの賓客や大使との面談に使用したり、高官や御前会議メンバーからの報告を受ける場でした。1509年に地震で壊れたものの、皇帝スレイマンによって再建されました。黄金の美しい装飾が施された天井にも注目です。

アフメット三世の図書館
アフメット三世の図書館
アフメット三世の図書館

謁見の間の背後には、内廷図書館があります。1718年ごろ、皇帝アフメット三世によって建築されました。図書館内部には、本を読む皇帝の蝋人形があり、当時の様子が再現されています。『夢の雫、黄金の鳥籠』でヒュッレムが足しげく通う図書館を思わせるのですが、実際には、スレイマン皇帝よりもだいぶ後になってから建築された図書館です。それにしても、ヒュッレムは実際、ワクフ(慈善団体)に「スレイマン図書館」と名付けたので、スレイマン皇帝時代も、何らかの形で図書館のようなものがあり、ヒュッレムはそこで知識を学んだのだろう、と想像してしまいます。

宝物館(使用人寮とメフメット二世パビリオン)
宝物館/トプカプ宮殿・イスタンブール

幸福の門を出て右側には、皇帝が着用していた”カフタン”とよばれる衣装の展示室があります。カフタンは、チュニックの原型ともいわれる、アラブ・トルコ地域の民族衣装です。スルタンの豪華なカフタンが有名ですが、皇后や妾たちが着用していたカフタンも大変綺羅びやかで豪華です。

カフタンのイメージ

カフタンの展示室を出て右側に進むと、絢爛豪華な宝物類が見学できる建物があります。これは元財務相の建物で、1462年から1463年にかけて、征服王メフメット二世によって建てられました。皇帝が私的に所有していた戦利品や、各国大使からの貢物などが納められていて、それらは皇帝が個人的に利用可能な「お小遣い」であり、最初に紹介した財務省の公的資金とは異なります。スルタンの勅令で建設されたモスクや学校、噴水などの慈善事業への支出だけでなく、財政難の時には、国の予算として利用されることもあったそうです。

金銀、毛皮、ターコイズ・ルビー・エメラルド・ダイヤなどの宝石等大量の宝物は、当時から展示されており、帝国や皇帝の威厳を各国に示すものでした。これらは、博物館の先駆けともされています。

皇帝の私室と聖なるマントの部屋
皇帝の私室と聖なるマントの部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝のプライベートな建物は、より高いドームで作られ、スルタンの威厳を示すものになっています。征服王メフメト二世によって建てられたこの建物は2階建てで、4つの部屋で構成されています。噴水の部屋、ベンチのある部屋、皇帝の執務室があります。執務室のドアには、「平和と安全をお守りください」というコーランの一節が刻まれています。イスラム教の最高指導者”カリフ”を兼ねていた皇帝の元には、各地からイスラム教の聖遺物が集められました。それらはこの建物内で展示されています。また、天蓋のついた玉座も有名で、宝石商ダーヴィッシュズリーメフメッドによってつくられたものとされます。幸福の門で行われた即位式でも、この玉座が使われていました。これらのコレクションについては、写真撮影禁止のため、画像がありません。2019年に日本開催で開催されたトルコ至宝展のイメージに、宝物の一部の画像が掲載されていたので、掲載します。

このほか、ムラト四世によって1635年に建設された内廷兵士の寮や学校がありました。学校では、将来高官にもなりうる優秀な子どもたちを選抜して教育が行われていました。

※(2021年10月現在)聖遺物は一般公開されていません。修復作業のため定期的にクローズしますので、事前に公式サイトにてご確認ください。また、訪問の際には、タンクトップ・ショートパンツなどの肌露出の多い恰好は禁止されています。ご注意ください。

第四の中庭(皇帝の庭園)
第4の庭/トプカプ宮殿・イスタンブール

第四の中庭は、トプカプ宮殿の中で最も美しい場所とされています。金閣湾が一望できる大理石のテラス、色とりどりの季節の花々が咲く広い庭園、色鮮やかなイズニックタイルやキュタフヤタイルの数々、大理石を贅沢に使った柱廊や建物などがあり、皇帝の中庭にふさわしいものばかりです。皇帝スレイマンと妻ヒュッレムが語り合ったあずまやや、ヒュンネット(割礼式)が行われていた部屋など、見逃せない場所の宝庫です。

金閣湾を見下ろす美しい庭園
第4の庭
第4の庭

第四の中庭へは、第三の中庭にある宝物展示室の脇道から入ることができます。道の先には広い庭園があり、庭園の先には金閣湾やマルマラ海が一望できるバルコニーがあります。対岸にあるイスタンブールの街並みや、ボスポラス海峡を通り抜ける大型船を眺めながら、アジアとヨーロッパの合間にいることを実感できるスポットです。また、この景色を堪能できるカフェレストランKONYALI CAFE&RESTAURANTでお茶をするのもおすすめです。

ソファ・キオスク
ソファ・キオスク
ソファ・キオスク

中庭を左に進むと、大きな白い出窓が特徴的な”キオスク”とよばれる建物が並んでいます。1676〜83年頃に建築されたもので、「トルコのロココ様式」とよばれる建築様式の最初の建物です。18世紀以降に建築された伝統的なトルコ家屋に大きな影響を及ぼしたとされています。内部には、トルコの客間で見られるような大きなソファ、金で装飾された備え付けの棚や天井があります。

バグダッド・キオスク
バグダッド・キオスク
バグダッド・キオスク

ソファ・キオスク脇の階段を上にあがると、右手に見えるのがバグダッド・キオスクです。1638年4月に皇帝ムラド四世が、バグダッド遠征に行く直前に建築が開始されたもので、再征服に成功した皇帝の記念碑的な建物になっています。八角形をした建物には、四つのコーナーソファがあり、美しいタイルの壁、鉛と金メッキできた暖炉、そしてピンク色のドームと釣り下がった丸いボールがあって、どれも美しく見応えがあります。 真ん中に設置されているシルバーの火鉢は、フランス国王ルイ14世からの贈り物なのだそうです。

イフタリー・パビリオン
イフタリー・パビリオン
イフタリー・パビリオン

金の天蓋が目をひく見晴らし台のような場所は、イフタリー・パビリオンとよばる月光観測所で、1640年頃に皇帝イブラヒムの治世中に建てられたものです。イスラム教の断食中、日没とともにいただく夕食を”イフタル”といいますが、この場所でイフタルを待つ皇帝にちなみ、名づけられたとされています。この場所は、皇帝スレイマンと愛妻ヒュッレムとが愛を紡いだ場所としても有名で、漫画にも登場してくる場所です。

割礼室
割礼室周辺
割礼室

皇帝スレイマンの時代に建築されたこの建物は、夏に皇帝が眠るための部屋でした。割礼のために利用されたのは、18世紀に入ってからのことです。この割礼室の目の前には、噴水や、美しいタイルで彩られた柱廊があり、絶好のフォトスポットにもなっています。

レバン・キオスク
レバン・キオスク/トプカプ宮殿・イスタンブール

1636年、アルメニアとの戦いに勝利したことを記念して、皇帝ムラド四世が、コジャ・カスム・アーに命じて建てさせたものです。八角形の形をしているキオスクは、マムルーク様式の大理石パネルを使っています。内部には金メッキの暖炉があり、ドームとホールには金箔で装飾された手書きの模様があります。レバン・キオスクは、皇帝が儀式で身に付けるターバン、原稿、本などの貴重なものの保管や、断食月に聖遺物を手入れなどに利用されていました。バルコニーが大変かわいらしい建物です。

ハレム

ハレムのとは、「禁止」「保護」のような意味のアラビア語に由来しているのだそうです。トプカプ宮殿のハレムは、16世紀~19世紀と長期にわたって建築・増築された建物であるため、トルコ建築史において重要な建物とされています。ハレムはもともと、ベヤズット地区の旧宮殿にありましたが、皇帝スレイマンの愛妻ヒュッレムの懇願により、現在の新宮殿に増築されました。ハレムには、300以上の部屋、9つのハマム、2つのモスク、病院、病棟、ランドリーがあります。

ハレムの入口/トプカプ宮殿・イスタンブール

ハレムの入口は、第二の中庭左側にあります。もともとは、女たちが車で出入りするためのエントランスだったそうです。

ジュムル門(スルタンの門)
ジュムル門(皇帝の門)/トプカプ宮殿・イスタンブール

この門は、ハレムの3つのエリアをつなぐ大切な門でした。左側は女性たちの部屋へと続く道、中央は母后の部屋へと続く道、そして右側は、皇帝の部屋へ続く”黄金の道”でした。女性たちが皇帝に召され、うまく寵愛をいただくことができれば、一気に出世することができるため「黄金の道」と名付けられたそうです。黒人宦官とズリュフリュ警備隊にとって、この門は女性たちを守る警備の要所でもありました。

母后の部屋(ヴァリデ・スルタンのアパートメント)

黒人宦官の石などを見ながら廊下を歩き進むと、最初に辿り着くのが、母后の部屋です。

ヴァリデ・スルタンの部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝の母となった女性は絶大な権力を持つこととなります。妾→側室→母后(ヴァリデ・スルタン)と出世し、女性のトップの座にのし上がることができました。この母后の部屋は、ムラド三世が母ヌールバヌのために建てさせ、後に二階部分が増築されたものです。ドラマでお馴染みのヌールバヌの息子が贈った部屋ということで、ドラマをご覧になった方には大変興味深い部屋であり、ご覧になっていない方にも、美しいドームなど見ごたえがある部屋になっています。

ヴァリデ・スルタンの部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝の部屋と造りが似ていることからも、皇帝の母への敬愛が伝わります。母后の部屋は2回建てで、寝室・礼拝室・ハマム・トイレ・リビングルームが併設されており、ここから出ることなく暮らすことができました。部屋というよりは、アパートメントとよぶのがふさわしい広さと規模です。

皇帝の間
皇帝の間/トプカプ宮殿・イスタンブール

ムラド三世の部屋とハマムの間にあるこの皇帝の間は、ハレムで一番の見どころでありフォトスポットです。修復作業を終えて当時の輝きを取り戻してからは、今まで以上に煌びやかな空間になりました。1580年~1590年の間に建てられたとされ、ハレム内での式典や祭典、ハレムの女性たちのお茶会などの催しものやレセプションに利用されていました。マンガやドラマにもたびたび登場するお部屋です。

ムラド三世の部屋
ムラド三世の部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

1579年に、ムラド三世が建築士ミマール・シナンに命じて造らせた部屋で、ムラド三世はこの部屋を執務室として利用していました。また、アフメド一世の治世下でつくられた出窓や噴水もあります。

皇子の部屋
皇子の部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

18世紀初頭頃から皇子の住まいとして利用されてきた独立した部屋は、2つのセクションで構成されています。イズニック・タイルで装飾された壁、木製のドームを彩る金装飾が見どころです。また、17世紀に宮殿で流行した窓の噴水は、空間に心地よい水の音を出すために建てられました。皇位を継承できず邪魔者となった皇子は、以前のように殺されることはなくなりましたが、事実上、この部屋に”幽閉”されたため、「黄金の鳥籠」とよばれるようになった、という切ないお部屋です。

アフメット一世の部屋
アフメット一世の部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

1608年に、皇帝アフメド一世によって建てられたお部屋でし。鮮やかな緑と青のタイルで装飾された壁が美しいお部屋です。

アフメット三世の部屋
アフメット三世の部屋/トプカプ宮殿・イスタンブール

アフメット三世によって18世紀頃につくられた部屋は、別名フルーツバスケットとよばれます。食堂とされるこの部屋には、自然主義ともとれる多くの花々やフルーツが描かれています。ちょうど、アフメット三世の時代に、チューリップを描く芸術作品が流行したことから、「チューリップ時代」といわれているそうです。皇帝の間とアフメット一世の部屋から入ることができます。

中庭
ハレムの中庭/トプカプ宮殿・イスタンブール

ハレムには、いくつかの中庭がありますが、”母后のための中庭”などの中庭に比べて、このギョズデ・アパートメントの前にあるこの中庭は広くてオープンな空間であることで知られています。

ギョズデ・アパートメント前の中庭/トプカプ宮殿・イスタンブール

守られたハレムという空間の中で唯一ここだけが、開けた空間になっています。外から女性を守るため壁に囲われており、開けた空間のわりには見晴らしがよいわけではありませんが、広いハレムを見学するさい、一息つけるスポットになっています。

側室女性たちのマンション
側室たちのアパート/トプカプ宮殿・イスタンブール

イスラム教では、4人まで妻を持って良いとされています。皇子を産んだ順に、第一妃~第四妃まで計4人の妻(側室)持つことができました。このアパートの上階は側室たちの居室で、その下階には、側室に仕える女性が住んでいたようです。ドアの前に置かれている石の台は、食事のトレイをおくためのものです。

ハマム
ハレムのハマム/トプカプ宮殿・イスタンブール

皇帝用のハマムと、母后用のハマムがありますが、女性たちが身分に関係なく利用していました。16世紀ごろに建てられたとされ、温水・熱湯・冷水と3つの温度設定が可能でした。皇帝の間からもこのハマムへつながっていて、ハマムを温めていた床暖房の仕組みは、皇帝の間へ続いています

訪れる際注意したいこと
トプカプ宮殿/イスタンブール
  1. 広いエリアであることと、聖遺物は肌露出NGであることから、服装選びにご注意ください。
  2. 個人旅行の場合は、送迎の門右側にあるブースで、音声ガイド(日本語有)をレンタルできます。20~30TLほど。デポジットは不要ですが、パスポートやIDカードを預ける必要があります。
  3. ほとんどの展示品は撮影不可です。撮影可能でもフラッシュは禁止されていることがほとんどです。
  4. バイラム(祝祭日)の初日や、貸切になっている場合はクローズされます。詳しくは、公式サイトのビジター情報をご覧ください。
基本情報
住所Topkapı Sarayı:Cankurtaran Mh.,Fatih,İstanbul,Turkiye
営業時間9:00-18:00
※定休日:火曜日
※チケットは17:30まで販売
料金トプカプ宮殿とハレム:420TL
トプカプ宮殿とアヤイレネ教会:320TL
ハレムのみ:150TL
アヤイレネのみ:120TL
※外国人観光客の料金。
ミュージアムカード不可
その他情報冒頭でもご紹介した、塩野七生さん著『コンスタンティノープルの陥落』『ロードス島攻防記』、夢枕獏さん著『シナン』、篠原千絵さん著『夢の雫、黄金の鳥籠』、トルコドラマ『オスマントルコ帝国外伝~愛と欲望のハレム~』をご覧いただいてからトプカプ宮殿を訪れると、より一層楽しめます。
公式サイトhttps://www.millisaraylar.gov.tr/en
アクセストラムヴァイのギュルハーネ駅から徒歩5分
[地図]
特典・クーポン

※この記事は、登録日(最終更新日)時点の取材情報を元に作成しております。実際に訪れていただいた際、スポット(お店)の都合や事情により記載してある記事の内容と差異があることがあります。どうぞご了承くださいませ。

※トプカプ宮殿公式HPに基づき作成しています。一部、日本で発売されているガイドブックと内容や日本語訳が異なることがあります。

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