メソポタミアのエフェソス!マルディンのダラ遺跡

公開日 2022年12月18日 最終更新日 2024年2月20日

概要

マルディン旧市街から30km東にあった古代都市ダラは、別名「メソポタミアのエフェソス」と称されるほど、メソポタミアの重要な古代都市でした。ダラの名が文献に登場するのは紀元前3世紀頃からで、ギリシャのアレキサンダー大王とペルシャのダリウス大王が戦い、ダリウスが命を落とした場所とされることから、ダラと名付けられたとされます。

ダラ古代遺跡/マルディン

古代、マルディンは肥沃な土地は農産物と鉱物をもたらしたほか、ダラ川をはじめとした複数の川や湧水池と生い茂る樹木がありました。そのダラは城塞都市として名を馳せることになりますが、きっかけは、ササン朝ペルシアに土地を奪われ始めた5世紀ごろ、東ローマ皇帝アナスタシウスによって駐屯地とされたことでした。503 年から 507 年の間に建設活動が開始され、ダラは”アナスタシオポリス”とよばれます。アナスタシオポリスは、メソポタミア地域の行政の拠点でもありました。

ダラ古代遺跡の地下貯水槽/マルディン

元々、防御する必要のない頑丈で険しい岩に囲まれたダラは、4kmの城壁に囲まれていました。黒海と中東を結ぶ交易都市であったため、ローマ帝国、東ローマ帝国、ササーン朝ペルシア、アラブ人、オスマン帝国と支配者が変わりながらも、現在もダラの町の名は消えていません。発掘調査では、宮殿、市場教会のほか、ローマ時代の洞窟住居、墓地・洞窟墓地が発掘されており、まだ発掘途中です。

ダラ古代遺跡の回廊墓地/マルディン

遺跡には墓地が多くあります。特に、ローマ兵士の回廊墓地は見どころの一つとなっていて、死者の復活を信じていたアッシリア人によって手厚く葬られたものです。遺跡内の墓地には、ロシアのチェチェン戦争時、ダラに逃れてきたものの伝染病にかかり亡くなったチェチェン人の人々の墓地もあります。

基本情報
住所Dara Antik Kenti:Dara Mardin Nusaybin, Karayolu üzeri, Artuklu,Mardin,Turkiye
営業時間8:00-19:00
※冬季:8:00-17:00
※月曜定休
料金無料
ミュージアムカード不可
その他情報
公式サイトhttp://www.mardin.gov.tr/dara-antik-kenti
アクセスマルディン旧市街中心部から車で40分。
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